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この夏、いよいよパリで開幕するオリンピックとパラリンピック。実は“ある理由”からパラリンピックの公式マスコットが大きな反響を呼んでいる。世界で初めて義足のキャラクターが採用されたのだ。今は「多様性」の大切さが叫ばれ、人も職場も社会も急速に変化している時代。
しかし、先天的・後天的な障がいや身体的・能力的な「ちがい」をカバーしつつ「個性を保ちながら過ごせる社会」の実現を阻む“壁”が存在しているのも事実だ。さらに、こうした壁をなくそうとソニーコンピュータサイエンス研究所で、義足の研究開発に取り組んでいる遠藤謙氏によると「今の多様性という言葉は、どちらかといえば経営戦略や経営方針という文脈で語られることが多い」という。多様性とはどのような言葉として使われることが大切なのだろうか?
落合陽一もまた遠藤氏と共に、AIやテクノロジーを使った課題解決のための仕組み作りを目指す『xDiversity』というプロジェクトに取り組んでいる。
私たちが抱えている社会の課題とは?AIは「ちがい」をどう克服できるのか?“テクノロジーが個性を活かす”という研究の最前線とは?
落合陽一が「多様性とテクノロジーの未来」を考える。
ゲスト:遠藤謙(ソニーコンピュータサイエンス研究所研究員/Xiborg代表取締役)
xDiversity(クロス・ダイバーシティ)第3期サポーター募集
6月28日(金)午後11時まで
詳しくはこちら↓
https://readyfor.jp/projects/xDiversity2024
#落合陽一 #weeklyochiai #遠藤謙 #オリンピック #パラリンピック #パリ五輪 #義足 #多様性 #AI #ダイバーシティ #乙武洋匡


コメント
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どんどん進化していくのでしょうね
こういう仕事も必要
スポーツにおける記録どうのこうのに関しては義足といわゆる一般の記録を比べるのは何かピンと来ない
多様性って実力主義を否定しているよね。
実力や能力がないのに、〇〇だからっていう理由だけで特権を持つことになるよね。
欧米人は歴史を全く学んでないで 特権っていうのは差別より酷いものだぞ 絶対王政や貴族性みたいなのを作っていい事なんかあるわけない
日本企業「うーん、役員に女性1人入れるだけじゃダメなのか。」
日本企業「よし、女性役員の枠を2つ作ろう!ついでに管理職に子育て世代のママをたくさん登用しよう!」
時代による変化が見えて面白いですね。
コロナワクチンポリス!
みんな苦しくて!
すべてが入ってないとダメな【多様性完全メシ】
パラリンピックとレギュラーのオリンピックは全くの別物と考えるべきなのか…
全く異論は無いが技術の良し悪しで記録が変わるというのが何かF1レースのような様相だなぁ…と
片や競泳の水着の素材問題とかスキージャンプのウェアーや板の長さ問題やら。
ある程度レギュレーションを定めないと例えば幅跳びで「新素材の開発でオリンピック記録を1㎡以上更新」とか
一体何の競技だか訳分からなくなってしまう予感。
女性枠、LGBTQ枠、障害者枠、多人種枠、、、いやいや実力主義じゃダメなんでしたっけ?
カメレオンやトカゲなどの爬虫類は個性を保ちながら多様社会を過ごしているように感じます
AIやテクノロジーは今後も進化していくなか、多様性社会も豊かになっていくと良いですね
パラリンピックには不完全の美を感じます。
既に不完全な人間が、完璧ではない機械という可能性を使い人間の限界を超えようとする。
ただ越える範囲も補助的で本来の5体満足で発揮できた力に限りなく近付ける、人体の復元のプロセスに近いのかなと思います😊
そして選択肢としてそこから能力エンハンス•強化したりするのが義手の魅力で、まず人類は当たり前に技術で5体満足を復元できるレベルまで到達しないといけません。
その後に改善が始まるけど、まずはその景色を見ないと次のステージへ進まない。
ちょっとパラリンピックや介護や義手の未来に関わるのも悪くないなと昔から気になってたのが、また面白そうと思えました😊
自分のブランドがお酒から林業を救う的なコンセプトあるんですが、そんな木材でのセルロースナノファイバーで義手作ることで、機械チックなんだけど、素材は自然からなんて面白い義手など作れそうで、何しても人を助ける貢献になる業界見ててワクワクします😊
設計するにはAIで本人の骨や筋肉の数まで測定したデータを読み込んで、その個人に対してのシュミレーションなどをして、そのフィードバックでAI内で試行錯誤できる構図出来たらマトリックス的に近付きそうですね。
障碍者スポーツというこれまでのくくり方は意味を失いつつあるというか、義肢を使うことに長けた競技者のための競技になってきているわけで、ハンディキャップ云々ではない世界。いずれ健常者と言われていた側が義肢競技者に挑むような状況だって生じそうです。